でんわ

おいどんの青春時代には、当然 携帯電話はなく、家には一台の電話機がおかれていました。

 

女の子の家に電話かけるときなんか、緊張しましたね。

受話器を取るのが親だったらいやだなーなんて。

今みたいに直接連絡が取れるわけではないので・・・

 

電話機は家にしかないため、彼女が家にいなきゃ連絡取れない。

また、連絡出来て待ち合わせの約束しても、途中で連絡なんてできないわけだから、待ち合わせ場所で、彼女を信じて待つわけです。

このまどろっこしくて、甘ったるく切ない時間を、そのお手軽さゆえに、人々から携帯電話は奪ってしまったような気がするのです。

 

「電話番号を指が覚えている。」

「受話器を置いた。」

「ダイヤル回す。」(プッシュフォン出現から徐々に使われなくなる。プッシュフォンて、若い人はわかんかな?)

これらの歌の歌詞となるような場面も、陳腐なものと化していくのだろうか。

 

古き良き時代の電話機の持つ、情緒的な機能を奪い去ってしまった、携帯電話。

 

当時 家族で月額3000円程度だった電話料金は、おいどんの家では4人で20000円越え(携帯の機器代が含まれるとはいえ)家計に占める割合がずいぶん大きくなってしまいました。

しかし、携帯電話はさらなる進化を遂げて、ますます無くてはならないものとしての地位を築いていくのでしょうね。

 

30年位前にショルダー型の携帯電話を見たとき、こんなふうになるとは思ってもいませんでした。

技術の進歩はおいどんの想像を追い越していますな。

 

 

 

by

技術の進歩に置いてけぼりにされる

たたかう現場監督